一度きりのゲームの体験をより面白くする「ルール」を作りたい
1.はじめに
あなたは、新しく買ったゲームをはじめる。
あなたの目の前には、すぐに初めて見る景色、初めて見る世界が広がる。異文化、魔法、知らない単語……典型的なファンタジーの世界が舞台のようだ。
一見普通のRPGに見えたあなただったが、次第に、他と異なる部分に気づいていく。異文化、魔法、知らない単語、これら全てを、あなたが学ぶ必要があると。
そこに存在する本、講義、会話、そして冒険。これらから、今遊んでいる異世界の理を「学び」「理解する」、それが、このゲームのテーマのようだ。
論理パズルや謎解きに通じていたあなたは、一瞬戸惑うも、すぐにこの世界の仕組みを理解し始めた。ときに意図的に起こされたハプニングを乗り越えながら、あなたは「学ぶ楽しさ」をゲームに見出した。
こうして、長い時間遊ぶうちに、「初めて見る景色」「初めて見る世界」はすぐ、「見慣れた景色」「見慣れた世界」へと移り変わっていく。
"このゲームの世界を完全に理解した。"
そう思いながら遊んでいたある日、あなたはとあるイベントに遭遇する。そのイベントを行った瞬間——
世界は、一変した。
あなたが今まで見ていた世界の姿は、世界の正しい姿ではなかったのだ。あなたは、世界の真の姿を知った状態で、「見慣れていた」世界、理論、言語……をもう一度攻略しはじめる——
このような、たった一度の体験をよくする「ルール」を作りたい。
こんにちは。EEIC2022の
記事の最初ではありますが割り込み処理をはさみます。メタ視点の、KaDiです。こちらのブログ記事ですが、気づけば2万字ありました。
ただ読むだけでは退屈になるかもしれません。
ということで、記事を使ったゲームを1つしませんか?
なお、記事の最後にメタ視点での私からの答え合わせを用意しました。それまでに現象の全てを突き止めることができたら天才です。
不可思議な現象が何であるのかを考えながらこのあとの、文をゆっくりお楽しみください。
EEIC2022のKaDiに話者を戻します。
目次
2.自己紹介
趣味について
脱出ゲームや謎解きを解くことと作ることが、やはり好きです。
謎解きイベントには月数回ペースで行っています。最近は大学のタスクや他のタスクに振り回されてあまり行けてないので積極的に行きたい。
代表的な制作物には、AnotherVisionで持ち帰り謎「アケ_テ」の謎や、
個人制作で、LINE謎「#新五十音表謎」や、
脱出ゲームメーカーで作った脱出ゲーム「PROJECTOR」、
Tumbleweed で行われた謎解き公演SHIFTの小謎や構成など、
www.tumbleweed.jphttps://www.tumbleweed.jp/shift
(※すでに全公演が終了済)
いろいろ作っています。
よろしくお願いします。
3. ゲームのルールを作りたい
東京大学学生の一年二年が所属する教養学部の単位の中に、「主題科目」と呼ばれるものが存在します。
履修の手引きを見てみましょう。
「主題科目」は、多種多様な専門分野の教員が、領域横断的、萌芽的、先端的なテーマや時宜を得たトピックを設定し、学生の主体的関心に基づく参加を求めることで、多様な専門分野と学問的アプローチ、最先端の知に接する機会を提供するものである。
◯◯論や◯◯学に縛られない色んな学びができる科目、それが、主題科目です。
学問の最先端に触れるもの、デザインや起業の技術を学ぶもの、ボーカロイドの音楽論や、伊豆にてチョコを作るもの、千差万別です。
2年生のSセメで、私は「ゲームデザイン論 〜先端技術が生み出す新しいあそび〜」という名前の主題科目を受講しました。科目の担当教員は、EEICでは信号解析基礎などの授業を担当される苗村健先生です。
"職業「ゲームプランナー」の仕事を体験してみよう!"
これが、授業内容です。'21年Sセメの開講時には、以下の通りの内容でした。
- 前半(講義形式)
- ゲーム業界の話
- ゲーム機の歴史
- ゲームは(企画的に)どのようにして作られているのか
- ゲーム制作のコツ
- 後半(グループワーク形式)
私が所属した班は「 『紙飛行機』を『作った』あとに『投げる』動作が面白い!」という発言から始まり、「スプラトゥーンに似たような箱庭型のステージで、いろんなものを投げ合って自陣に入ったアイテムの合計得点で競おう!」というゲームを提案しました。
当時の記録も書けますが、せっかくだからもう一度やってみたいな、ということで、
- 今までに触れたゲームの記憶から、よかったものを取り上げて、何が面白かったかを言語化をして文章にする。
- 言語化して出た文章をまとめ、「◯◯は面白いね!」という、一言にする。
- 上でまとめた一言による面白さが最大限活きる、新しいゲームのルールを考案する。
の流れを改めてここでやります。
そうはいっても、適当にゲームを取り上げあらゆる要素に分けていっても散らかった文章にしかならないでしょう。そこで、一つ柱となるテーマを設定しました。
一度きりのゲーム体験
世の中には、繰り返し遊ぶ面白さを捨てた、最初の一度きりの体験、それだけが重視されているゲームが数多くあります。それらから、「一度きりのゲーム体験」を面白くするための要素のみを抽出し、考察、再構築をしていきます。
考察対象は、今年私が触れてきた、一度きりの体験が特に面白いと感じたゲームの中から、
- ゲームジャンル「マーダーミステリー」
- ゼルダの伝説 スカイウォードソードより「砂上船」
- 「Song of Bloom」
の3つを選びました。
「一度きりのゲーム体験をより面白くする『ルール』を作りたい」
長くなりますがお楽しみください。
4. 『マーダーミステリー』の分析
マーダーミステリーとは
まずはじめに、最近流行りのマーダーミステリーについて分析していきます。
簡単に説明すると、ミステリー小説の登場人物(=事件の容疑者)一人になりきり、他の人との議論によって、それぞれの人が持ってる目的の達成を目指すゲームです。ゲーム全体の雰囲気は、「物語」つきの人狼ゲーム、という表現が近いです。
基本的なゲームの流れは、以下の通りです。
- ゲームを遊ぶ複数人で集まります。オンライン上や会議室、あるいはマーダーミステリー専用の会場などで行われます。
- はじめに、GM(ゲームマスター)から、今回の事件の容疑者となる人物の簡単な情報(名前、年齢、職業など)が与えられるので、それぞれがなりきる人物を決めます。
- 各プレーヤーに、その人がなりきる人物のキャラクターシートと呼ばれる資料が渡されます。そこには、設定、秘密、行動、目的などが記されています。それぞれの情報は以下のような感じです。
- 設定、秘密:あなたがどのような人物で普段何をしているのか、他の人とどのような関係にあるかが詳しく記されています。その中には、他の人が知らない情報や関係性も多くあり、今後の議論で隠さなければいけません。
- 行動:事件の直前や事件後にあなたが何をしていたかが書いてあります。基本的にはあなたしか知りません。殺人事件の犯人であれば、どのように殺害したか、凶器をどこにしまったかなどが書かれています。
- 目的:今後の議論におけるあなたの目的も書かれています。犯人なら、「自分が犯人だとばれない」、探偵など犯人以外なら「自分が犯人だと言われず、犯人を探し出す」の場合が多いですが、「大金を盗み出す」「恋人に告白してOKをもらう」など追加の目的が記されている場合もあります。
- 10分程度の時間で、一人でキャラクターシートを読みます。
- キャラクターシートをもとに物語内の人物になりきって他の人と一緒に議論をします。それぞれの人物は、自分のバレたくない秘密を嘘をつくなどして隠しながら、犯人の発見や目的の解決を目指します。
- 一定時間が経過したら、犯人だと思う人を多数決などで決めます。その人が犯人であれば犯人以外の人の勝利、その人が犯人でなければ犯人の勝利です。
- その後は、解説・感想戦です。他の人が事件日に何をしていたか、他の人の目的は何であったのかが、GMから解説を聞くなどして共有され、5. での会話を振り返ったり他の人のキャラクターシートを読みあったりします。
より詳しく細かなルールが知りたい方は、こちらの記事が参考になります。あとは実際にやってみましょう!
マーダーミステリーとキャラクターの機能について
まずはじめに、マーダーミステリーにおける、プレイヤーが演じるキャラクターの「機能」を見てみます。ここでいう「機能」とは、物語の進行に際して、各キャラクターがどのような影響を及ぼすか、を意味します。
キャラクターは大まかに、「主人公」「敵対者」「相棒」「援助者」の4つの機能のどれかを持つものとして分類できます。
- 「主人公」は、強い目的を持った行動で、物語を進めます。そして、プレイヤーの共感を得て感情移入させる役割も担います。
- 「敵対者」は、「主人公」の目的達成の障壁を与えます。手強く、「主人公」と明確に対立する要素を持つことで、主人公に葛藤をもたらします。
- 「相棒」は、「主人公」のそばにいて、主人公とは逆の性質を備えることで、「主人公」の行動や魅力を引き出します。
- 「援助者」は、「主人公」の目的達成が困難なときに、助ける役割を持ちます。
(機能分類は他にもプロップの「7つの行動領域」などがありますがここでは上記4分類を最後まで通します)
これをマーダーミステリーのゲームルールと照らし合わせてみましょう。まず注目すべきは、3. と4. の「キャラクターシートを読む」部分です。各プレイヤーが読むキャラクターシートには、「目的」があります。そして、各プレイヤーは、5. の議論する時間で、他の人との会話により、目的達成を目指し行動します。つまり、マーダーミステリーにおけるプレイヤーの機能は「主人公」になります。また、議論において、他の人は、欲しい情報を秘密にされて教えてくれず目的達成を阻んだり、逆にこっそりと情報を教えてくれて目的達成を助けてくれたりします。つまり、一緒にマーダーミステリーを遊ぶ人は、「敵対者」または「援助者」になります。設定によっては相棒がいるかもしれませんが、常にいるわけではありません。
さて、マーダーミステリーにおけるキャラクターの機能について、面白い点が3つあります。
1つは、各キャラクターの機能が絶対的なものではないということです。マーダーミステリーではどのプレイヤーも、自分自身が目的を持った「主人公」であり、他人が「敵対者」「援助者」です。「進撃の巨人」後半の群像劇のように、誰についてみるかで機能が変化します。
もう1つは、他人が「敵対者」なのか「援助者」なのかがわからない点です。実際に会話しないと不明なうえ、機能が途中で変わることもあります。そしてこれは、全キャラクターが目的を持ち物語を進める主人公になり得る、ということにも起因するでしょう。
最後は、矛盾した目的を多く持たせていることで、「敵対者」が必然的に生まれるようにしていることです。犯人を見つける/犯人だとバレない、というのが最たる例でしょう。
マーダーミステリーでは、誰しもが一度きりの物語の中で「主人公」を体験し、必然的に生まれる「敵対者」との対立の中で目的達成を目指す、ようにゲームルールが作られていることがわかります。
マーダーミステリーとプレイヤーの視点について
次に、マーダーミステリーにおけるプレイヤーの「視点」についてみます。ここでは、キャラクターと分離した「プレイヤー」がどこにいるかを「視点」とします。
例えば、主人公の目線で進むミステリー小説であれば、「主人公を眺める視点」、群像劇を時系列で追うなら、「物語の世界全体を眺める神の視点」といえるでしょう。ここでは、特に、眺める者の機能と合わせて考えます。
とは言っても、マーダーミステリーの場合は簡単です。視点は「『主人公』の機能を持つ人そのもの」です。各キャラクターを演じる、というゲームルールが、必然的にプレイヤーを物語世界と近いところにおいていることがわかります。
マーダーミステリーと心が動く瞬間について
次は、マーダーミステリーにおける「心が動く瞬間」をみていきます。ここでは、「主人公」の機能を持つキャラクターについて深堀りしていきます。
マーダーミステリーに限らず、物語においてプレイヤー・読者の僕たちの心が動く瞬間はどんなときでしょうか。多くは、「主人公に感情が動く瞬間があったとき」といえるでしょう。そして、主人公の感情が動く瞬間のなかでも
- 主人公になんらかの背景となる過去の出来事があり、
- 主人公が強い欲求や目的を持って行動をしていて、
- そのなかで目的達成をはばむ敵対者が現れる。
- 敵対者の対処に悩み、葛藤し、
- 場合によっては援助者の手を借りて、何かを決断する
- その決断を実行し、何かが変化する
という流れに沿った場面で心が動いたのではないでしょうか。さらに言うと、このような流れに沿ったたくさんの場面のうち、特に僕たち自身の性格や願望に照らし合わせたときに、葛藤や決断がよく理解でき共感ができたとき、「心が動いた」と表現していないでしょうか。
「主人公が起こす、『目的による行動→対立要素との葛藤→決断と実行』を理解し強く共感したとき、プレイヤー・読者の心は動く」
とまとめることができます。
これをマーダーミステリーのゲームルールと照らし合わせてみましょう。
マーダーミステリーのキャラクターシートには、設定や、事件当日の詳細な行動が書かれています。これらは全て、「過去の出来事」です。そして、そこから生まれた「強い目的」があります。さらに、矛盾する目的を持った他のプレイヤーが必ず存在するので、「目的達成をはばむ敵対者」がいます。
つまり、マーダーミステリーは、キャラクターシートによって、心を動く瞬間を作る下地が完璧に作られています。
そして議論の時間に、私たちは、制作者の意図通りに、目的達成のために、悩み、葛藤し、助けをもらい、なんらかの決断をして実行します。
あとはここに強い共感が入れば、「心が動く瞬間」は訪れます。これには自分自身が演じるキャラクターとの相性も重要であり、だからこそ、「今日のマーダーミステリーのキャラクターは自分にあっていて、やばかった、感想戦がしたい」という感想が溢れるのでしょう。
マーダーミステリーのゲームルールは、たった一度しか遊べないかわりに、物語による心が動く瞬間を数多く発生させる装置であり、どの作品も非常に良くできているなと感じています。
しかし、僕自身についていえば、実は、僕が体験したマーダーミステリーの中で本当に「心が動いた」と言えるのは1作品しかありません。その作品は、「ランドルフ・ローレンスの追憶」です。
「ランドルフ・ローレンスの追憶」でなぜ心が動いたか
ということで、「マーダーミステリー」というゲームジャンルに属するといえるゲームの中から、「ランドルフ・ローレンスの追憶」を紹介します。
紹介といってもネタバレをしてしまうと今後遊ぶ人の楽しみを奪ってしまうので上記リンクを貼るにとどめます。
さて、僕がなぜ他のマーダーミステリーではそこまで心が動かず、ランドルフ・ローレンスの追憶では心が動いたのか、その理由は一つには、僕がランドルフ・ローレンスの追憶で演じたキャラクターが僕と合っていた、というのもあるかもしれません。しかし僕は、それ以外にも理由があると考えています。
先ほどのドラマを生む流れの中で、実は、マーダーミステリーの基本ルールだけでは達成できていない箇所がありました。
それは、『目的による行動→対立要素との葛藤→決断と実行』を理解するという部分です。最初に書いた基本ルールにはこんなことを書きました。
4. 10分程度の時間で、一人でキャラクターシートを読みます。
キャラクターシートには、そのキャラクターの設定・秘密・過去の行動・目的とたくさんのことが書かれているうえ、ゲームによっては会場の地図もあったり、他の人物への印象も書かれていたりします。そのうえ、キャラクターシートを読む前後に、ゲームとしての特殊ルールを聞く時間がある場合もあります。
これらの情報を、10分という短時間で、心が動くほど共感できる状態にまで理解することはできるでしょうか?
少なくとも僕はできませんでした。マーダーミステリーは、せっかく心が動く瞬間が作れるようルールが整備されていたのに(時間など様々な要因があるかもしれませんが)、「理解する」時間が短いことで、そのルールがあまり活かせていませんでした。
しかし、ランドルフ・ローレンスの追憶は違いました。ネタバレになるので言えませんが、ランドルフ・ローレンスの追憶は、とある特殊ルールによって、設定などを「理解する」ことが、すなわちキャラクターに共感するための下地を作ることが他と比べ物にならないくらいできるようになっていたのです。
このことと舞台設定やキャラクターに関する僕との相性の良さが相まって、ずっと記憶に残っていると考えています。
マーダーミステリーにおける、「ゲーム」と「物語」の関係性
では、今までの話をまとめます。
- マーダーミステリーは、各プレイヤーが「主人公」そのものとなって遊ぶゲームで、各プレイヤーはそれぞれ自身が「主人公」他者が「敵対者」または「援助者」となります。
- マーダーミステリーは、たった一度の物語でプレイヤーの心が動く瞬間を作る流れが再現できるよう、キャラクターシートやゲームルールが設定されています。
物語が不要と言われるゲームが多い中で、マーダーミステリーにそのような声はあまりありません。もちろんミステリー小説という物語がゲームになったからとも言えますが、それでも他のゲームと比較すると、心を動く瞬間を作れるという物語の特性をいかせるようゲームルールが敷かれている、すなわち、ゲームルールが物語の性質を考慮していることがわかります。
物語が不要と言われるゲームの多くは、ゲームルールが物語以外、例えば謎解きやUIなど、にばかり言及していて、物語の性質を考えずにただ物語を入れているだけではないでしょうか。
物語がただ入れられたゲームにおいて物語はどうなるかというと、多くは読み飛ばされるでしょう。10分しか読む時間のないマーダーミステリーでは共感の下地が作れないように、読み飛ばした物語には共感はできません。これでは、物語で心が動く瞬間はこないので、物語不要論も出てしまうでしょう。
物語を理解してもらえるようなゲームルールが設定されているか、これがゲームに物語を組み込むときの必須条件とも言えるでしょう。
5. 『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』のダンジョン『砂上船』の考察
続いては、「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」というゲームに登場する「砂上船」というダンジョンについて考察していきます。
ゼルダの伝説 スカイウォードソード自体の説明は文字数の関係でほぼ省きます。詳しくはこちらから。
ざっくりと説明をすると、RPG形式の3Dアクションアドベンチャーゲームであり、プレイヤーが操作するリンクとよばれるキャラクターが、3次元のエリアを移動し、剣や盾で戦ったり、様々なアイテムを使ったりすることでフィールドやダンジョンを攻略し、物語を進めていきます。(「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」では、ゼルダの伝説シリーズのキーアイテムである「マスターソード」と呼ばれる剣ができる過程が物語になっています。)
リンクは、ストーリー進行の過程で「砂上船」というダンジョンにたどり着きます。ここでは、物語や戦闘といった要素を省き、その攻略部分のみを対象に考察します。すなわち、砂上船攻略を、3次元空間を移動しアイテムを使えるリンクを操作する脱出ゲームとみなします。
さて、一度きりの体験があるゲームは、「知る」「知りたい」が面白さの源泉となっています。
これを砂上船攻略にも適用するのですが、「脱出ゲーム」や「謎解き」といった一度きり体験のゲームでは、上の「知る」という行為を、そのときの思考をもとに3種類(=「存在を知る」「理解する」「完全に理解する」)に分けることができると考えています。先にこれらについて書いたあと、拡張した「知る」の流れを砂上船攻略に適用します。
脱出ゲームにおける、「存在を知る」と「理解する」について
まずはじめに、プレイヤーがある情報に対してどれだけ知っているか、という観点で考えます。
例として、「実は太郎はお金持ちである」という情報を考えてみます。この情報を読書中にあなたが触れるとき、この文章より前は、「太郎がお金持ちであることを知らない」、これよりあとは「太郎がお金持ちであることを知っている」という状態になります。すなわちみなさんは「太郎がお金持ちである」ことを、「知らない」「知っている」の2つの側面でのみ考えています。
しかし、脱出ゲームなどにおいては、各情報について、この「知っている」状態のありかたに差があると私は考えています。すなわち、
- 「知らない」……情報の存在すら知らない状態
- 「存在は知っている」……情報の存在はわかるが、その意味や解釈、詳細が不明な状態
- 「意味も知っている」……情報の意味、解釈、詳細が全て判明している状態
に分けられると考えています。そして、「知らない」から「存在は知っている」への過程を「存在を知る」、「存在は知っている」から「意味も知っている」への過程を「理解する」とここでは定義します。
例えば、「暗号が書かれた紙を入手し解く」という場面を考えます。
"暗号が書かれた紙の存在を知らない状態"が「知らない」
"暗号が書かれた紙を入手するも、解けていない状態"が「存在は知っている」
"暗号を解き解釈ができた状態"が「意味も知っている」
にあたり、「紙の入手」という行動が「存在を知る」、「暗号の解読」という行動が「理解する」となります。
さて、このようにして分けた「存在を知る」と「理解する」では、抱く感情が異なると私は考えています。以下の通りです。
「知らない」……わからないものへの期待
→存在を知る瞬間……正体がわかったことへの喜び
存在は知っている……意味解釈を明らかにしたい、詳細を見たいという願望
→理解する瞬間……理解できたことへの喜び
これら4つの感情は、どれも「面白い」という感情につながると思っています。
では、これらの感情のうち、最も「面白い」という思いが強くなるのはどれでしょうか。人により異なるかと思いますが、私は、多くの人が、
知らないのときの期待 < 存在は知っているのときの願望
存在を知る瞬間の喜び < 理解する瞬間の喜び
だと思っています。
ここから、一旦存在を知ったあと、理解するまでの時間が長ければ長いほど、「面白い」が引き出せると私は考えています。
「完全に理解する」について
続いて、「理解する」ことができることを予想していたかどうか、でさらに分けていきます。
たとえば、先ほど使った、「暗号の紙を入手し解く」という状態をもう一度考えてみましょう。
暗号の紙を入手した時点では、あなたには、まだこの紙の内容を全て把握していない、すなわち、まだ新しい発見があるだろうという「理解しよう」という感情がはたらいています。そして、暗号が解けたとき、あなたは「意味を理解した」と考え、「理解しよう」という感情は失われます。
さて、この状態で、「暗号にはまだ隠された意味があった」ということが判明した場合、あなたはどのような感情を抱くでしょうか。これが、私の考える「完全に理解する」です。
改めて言語化すると、「理解する」と「完全に理解する」の違いは、事前にその"理解"を想像できていたかどうか、既に理解したと思い込んでいたかどうか、にあります。
敵の攻撃を予想して、防御しながら攻撃を受けるのと、攻撃はこないと思い込んで無防備な状態で攻撃を受けるのとでは後者の方がはるかにダメージが大きいように、「完全に理解する」瞬間の感情は、「理解する」を大幅にこえると思っています。そして、強く強く「面白い」という感情が生まれると考えています。
「完全に理解する」ために必要な状況は、ある情報について「既に理解した」と思い込ませ、「理解する余地がある」と想像させないことですが、このような情報を作ることは非常に難しいです。しかし、「完全に理解する」要素が含まれたコンテンツは、面白いという評価を多くの人が下し、記憶に強く残る傾向にあります。
また、脱出ゲームや謎解きに限らず、小説や映画などの物語への適用も考えられます。「衝撃のラストに震える!!」と謳う映画や、「叙述トリックや伏線回収がすごかった」と言われる小説も、最後に「完全に理解する」という面白いという感情の爆発があるからこそ、キャッチコピーにもなり、売れるのだと思っています。
私は、この「完全に理解する」を「想像の外側から殴られる体験」「世界が一変する体験」などとも表現しています。「完全に理解する」による感情の爆発は、一度きりのコンテンツにおいてぜひとも実現したい要素であり、私が作るコンテンツにもぜひともとりいれたいと考えています。
では、ここまでで、「存在を知る」「理解する」「完全に理解する」と知る行為を3つに分けたので、これを砂上船の攻略に適用していきます。
なお、これ以降、考察の関係上「砂上船」のネタバレをがっつり含みます。面白さの根幹になる部分にも触れますので、ネタバレをふみたくない方は、(※ネタバレあり)と書かれた節は読みとばし、次の章まで進むようお願いします。
砂上船の攻略の流れ(※ネタバレあり)
ではまず始めに、砂上船のイメージを掴むために、最初に砂上船に入るときに流れる映像を見てみましょう(攻略動画を貼っています。以降出てくる動画は、再生を押すと、特定の時間から始まるようにしています。)
どんなイメージを持ったでしょうか。
砂漠にある、ボロボロになって壊れてしまった船。それが、「砂上船」です。
攻略のおおまかな流れは以下のようになります。
- 船の内部の奥まで道なりに進んで、小さなカギを入手する
- 船の甲板近くまで戻り、小さなカギを使用し、開かなかった扉を開ける。
- 扉の先の中ボスを倒し、アイテム「弓」を入手する。
- 甲板で弓を使い時空石を射ると、船全体が変化し、昔の姿の(=綺麗で様々な機械が動く)船に戻る。
- 現在のボロボロな船と昔の綺麗な船をきりかえながら、様々な仕掛けを解く。(攻略のメイン)そして、船内部中央の「ボス部屋」を開くためのアイテムを入手する
- ボス部屋に行くと、そこには何もなく、突然船が沈み始める。
- 船内部から船外に出ると、巨大なボスがいる。ボスを倒すとクリア。
ネタバレが気にならない人は、攻略サイトや、攻略動画を見てもそれなりに楽しめると思います。
砂上船における「存在を知る」「理解する」「完全に理解する」(※ネタバレあり)
この砂上船は、ゼルダの伝説のダンジョンのなかでも特に「存在を知る」「理解する」「完全に理解する」の扱い方が上手であり、印象に残っています。攻略の流れに沿って砂上船攻略を解体していきます。
1. 船の内部の奥まで進んで、小さなカギを入手する
砂上船では、まず最初にやることは、ひたすら船内を道なりに進んで一番奥まで行くことになります。そして、その過程で、最初の時点では入ることのできない扉10箇所のそばを素通りします。
加えて、入ることのできない扉の中には、ボス部屋=最終目的地、も含まれており、ストーリー上で、そこが最終目的地であることが明示されます。
つまり、砂上船は攻略の初手で、大量の「存在を知る」という行為だけをさせ、「理解したい」を生み出したのです。これにより、最初から、何があるのだろうかという期待が高い状態で攻略を進めていくことができます。
2. 船の甲板近くまで戻り、小さなカギを使用し、開かなかった扉を開ける。
奥まで行ったあとは、同じ道を通って入り口付近まで戻ることになります。これにより、今まで通ってきた長い船内の通路を、既に理解したもの、今後新しい部屋に行くためのただの通路、としての理解を促します。
3. 扉の先の中ボスを倒し、アイテム「弓」を入手する。
中ボス「ドン・ゲラー」戦です。楽しい。キーアイテム「弓」を入手します。
4. 甲板で弓を使い時空石を射ると、船全体が変化し、昔の姿の船に戻る。
弓を使って、「時空石」と呼ばれるものを射ることで、最初に出したボロボロの船が、
こうなります。
このダンジョン攻略における、「完全に理解する」の部分です。船全体の見た目が変化し、行けなかった場所に行けたり、動かなかった仕掛けが動くようになったりします。
行けない扉の奥に行けるようになるという「理解する」喜びだけでなく、今までボロボロで当然だと思いこんでいた船内の通路や壁などが全て装飾されきれいな色がついており「完全に理解する」喜びも同時に発生します。
最初にあえてボロボロの船内を進ませ、船のイメージを定着させていることで、その差からこれ以降の攻略で面白さが続くようになっています。
5. 現在のボロボロな船と昔の綺麗な船をきりかえながら、様々な仕掛けを解き、船内部中央の「ボス部屋」を開くためのアイテムを入手する
綺麗な船になる、という世界が変わる瞬間が訪れたあとの攻略として、砂上船攻略のカギとなるシステムが登場します。砂上船では、船が綺麗な状態でもう一度「時空石」を射ることで、ボロボロの状態に戻すことができます。
すなわち、あらゆるエリアについて、「ボロボロな状態」と「綺麗な状態」が存在し、これらを切り替えながら攻略することになります。多くの場所に2つの状態が用意されることで、どんな場所に行っても常に今は見えないもう一つの状態があるため、「理解したい」が生まれるようになっています。そして、状態が変わると「理解する」喜びが生まれるので、気づかないうちに面白いが湧き出るような仕組みになっています。
この、「同じ場所に2つの側面があり、それを切り替えながら進めていく」というゲームのルールは、単純に言うと通常の2倍の「知りたい」「理解したい」が発生する装置となるうえ、攻略の内容が豊富になるため、ゲームの根幹のシステムとなっていることが(特にインディーゲームの世界では)多い印象があります。
ゲームにおいて、今は見えない別の側面を気づかれないように用意しておく、という方法は、様々なところに応用できると思っています。
6. ボス部屋に行くと、そこには何もなく、突然船が沈み始める。
さて、砂上船の全ての攻略を終え、ボスがいるべき部屋に行くと……
そこにボスは存在せず、さらに、突然船が沈み始める演出が入ります。加えて、ボスがいるべき部屋の扉が開いたままになっています。
ここに、砂上船のさらなる面白さがあります。砂上船は、「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」というゲームの中でも後半に攻略するダンジョンです。そのため、そこまで遊んできたプレイヤーは、「ボス部屋に行く」=「全ての攻略の完了」「最後にボス部屋でのボスとの戦闘に勝利するとダンジョンがクリアとなる」という思い込みがあります。そこを裏切っているのです。
その後、船の甲板まで、傾き、沈みゆく船の内部を戻っていくという短いアクションパートが入ります。これにより、「ボロボロの廊下」から「綺麗な廊下」というように世界が変わったプレイヤーに、さらに、「沈みゆく廊下」という世界の変化をもたらします。
7. 船内部から船外に出ると、巨大なボスがいる。ボスを倒すとクリア。
沈みゆく廊下を抜け船外に出ると、
こうなっています。ここで巨大なボスとたたかいます。
ボスと戦うエリアは、ボス部屋ではなく、これまで移動のための通路の役割を果たしてきた、甲板だったのです。
このように、砂上船では、最後まで世界が変わる瞬間が用意されています。
ダンジョンにおいて、一度通ったエリアは二度と通らないかただの移動通路になる、という弱点を、何度も見え方を変えることで「理解する」が続くようにして解決している点が、砂上船が本当に秀でている部分だなと感じています。
ではまとめです。
6.『喪失メロディア』の分析
ここまでは、物語がゲームの必須要素となるものを分析してきました。しかし最後は、物語が必須要素でないにも関わらず物語が記憶に残ってしまったゲームを紹介します。それが、「喪失メロディア」です。
「喪失メロディア」とは
「喪失メロディア」はマインクラフトにより作られた脱出ゲームです。マイクラの世界で様々な謎や仕掛けを解き、脱出を目指します。
こちらのPVの概要欄から、ゲームデータのダウンロードができます。
喪失メロディアも、分析のためこれ以降全体構成と物語に関するネタバレを含みます。
ネタバレをしたくない方は読み飛ばしてください。
「喪失メロディア」の全体構成とあらすじ(※ネタバレあり)
「喪失メロディア」の全体構成とあらすじは、以下のようになっています。
- はじめに、プロローグが流れる(一部抜粋して引用)
(略)……生き物は失敗を糧に成長することができる。
だがその失敗が取り返しのつかないものだったら?
成長する余地など残されていなかったら?
終わることなど許されぬ地獄。深く暗い遺跡の奥で今日も願うのだ。
永遠に続く呪縛から、解放されるその時を。
- 入り口から遺跡の中に入り、最初の仕掛けを解く。
- 広い神殿内にたどりつく。そこでは6種類の仕掛けが用意されており、任意の順番で解くことができる。
- 1つ仕掛けを解くと、1つの回想を聞くことができる。仕掛けを解く順番によらず聞く回想の順番は一定である。その内容を要約すると下のようになる。
- 雨が降っている。人間の愚かさを思い知りつつ、まもなく息絶えようとしていた「僕」は生きた意味がなかったことを悟った。しかしその瞬間、一人の男が現れ、心配そうな顔で「僕」を見つめた。
- 「僕」は男に抵抗した。だが、抵抗むなしく、「僕」は男に抱かれ連れて行かれる。
- 場面はかわり、男(=ご主人)の家。「僕」はご主人を、食事を与えてくれる人間という程度の認識でいた。ご主人は数日家を開けては満身創痍で帰ってくる生活を繰り返していた。「僕」は、安全に暮らせる人間がなぜ危険を犯すのか理解できなかった。
- 猫は自由な生き物である。気づけば「僕」は、ご主人に心を開くようになっていた。
- 猫は孤高な生き物である。しかし、家を離れる期間の長いご主人に会えないことに、次第に「僕」は寂しさを覚えはじめた。
- 退屈な日々に飽きた「僕」は、ご主人の冒険についていくようになった。ある日、砂漠の遺跡(=喪失メロディアの舞台の遺跡)を訪れた僕は、嫌な予感を感じる。同族の死の匂いに、ご主人の匂いがかき消される。「僕」はご主人を止めたが、ご主人は構わず遺跡へと入っていった。「僕」がそれについていってしまったのは、「最大の過ち」であり、ご主人とはそれ以降会えていない。
- 6つの謎を解き、6つの物語を聞くと、遺跡の奥へ進めるようになる。遺跡の奥には一匹の「猫」がいた。その猫は、「僕が全てを終わらせるから」などと言っている。遺跡には、猫を一定の規則で誘導する装置があった。
- その後しばらく謎を解くと、出口にたどりつくが、その直前に最後の関門があり、失敗すると石像につぶされてゲームオーバーになる。その関門をこえるには「特定の6種類の効果音を順に出す」必要がある。最初の5つは今まで使ってきた仕掛けの中で出る音、最後の1つは、猫がつぶされる音である。
- 猫を、5種類の音が鳴るようにしつつ出口まで誘導し、石像に猫をつぶしてもらうと、クリアとなる。
- エピローグ(一部抜粋)
『終わり』が欲しかった
(略)
それでも最後に誰かの役に立てたのだとしたら、まあ悪くない一生だったと、そう思えるんだ。
以上です。ここからは、これについて分析していきます
「喪失メロディア」におけるキャラクターの機能
喪失メロディアにおいて登場するキャラクターは、大きくわけて3人(体)で、「猫」「ご主人」「プレイヤーが操作するキャラ」です。ただ、回想部分、および攻略している現在に物語を二分すると、回想は「過去の猫」「ご主人」、攻略現在は「現在の猫」「プレイヤーが操作するキャラ」がそれぞれ登場することになります。機能として主人公の役割を持っているのは、「猫」および「操作キャラ」となり、まとめると下のようになります。
「喪失メロディア」におけるプレイヤーの視点
喪失メロディアでは、大きく2つの方法でプレイヤーは物語を見ます。1つは、(自己言及的ですが)プレイヤーが操作するキャラを操作する視点によって、もう1つは、回想における猫の過去を猫の立場で見る視点によってです。
「喪失メロディア」で心が動いた瞬間
原神の例に続き、心が動く瞬間を再掲します。
これに、先ほどの役割を当てはめてみます。
プレイヤーが操作するキャラを「主人公」としたとき
喪失メロディアにはプレイヤーが操作するキャラに一切の設定がありません。すなわち、「等身大の自分」になっています。目的は、物語ではなくゲームルールによって脱出と定められ、それをはばむものも、ストーリーではなく、謎解きなどの遺跡の仕掛けです。それらが解けたとき、特に一番最後で猫という援助者の手を借りて、長い思考と準備の果てに、遺跡全体を使った仕掛けを解き終えたときの面白いという感情や達成感は格別です。しかし、ここに物語はありません。プレイヤーが操作するキャラクターは等身大の自分であり、過去に基づく目的とそれに対立するキャラクターがいないため、感情移入がないのです。
猫を「主人公」としたとき
一方猫を主人公にしたときはどうでしょうか。喪失メロディアでは、回想により猫の過去の出来事、すなわち、「ご主人」と出会い、次第に打ち解け、冒険についていくようになり、そして遺跡で離れ離れになった過程、が少しずつ語られます。プレイヤーはこれを猫の立場で聞くうえ、回想で理解できるほど小分けにして出されるので、共感することができます。猫の現在の目的は語られていません。しかし、脱出が目的の操作キャラの視点にもプレイヤーはたつ以上、猫の目的も脱出にあるのではないかと考えてしまいます。そしてゲームを進め、操作キャラの目的達成=脱出には猫の犠牲が必要となることがわかったとき、猫にとっては、プレイヤーは猫の目的達成を阻む「敵対者」となってしまいます。これにより、葛藤が生まれます。だから、「猫をおしつぶす」という最後の決断は心を動かします。
改めてまとめるとこうなります。
最後の場面で、ゲームクリアの「達成感」と物語の「心が動く瞬間」の2つの感情が同時に押し寄せるのがわかりますね。これが、僕が喪失メロディアが僕の記憶に残った理由です。
プレイヤーが2つの視点を持ち、その間で葛藤するというのは、原神の物語にもあった「敵対者は自分」にもあてはまりますから、僕の好みだったというのもあるかもしれません。また、2つの視点を持つことで、「等身大の自分」でありながら「感情が動く主人公体験」を実現させています。「プレイヤー以外のキャラへの感情移入を促し、プレイヤーと対立させる」という手法が、「等身大の自分」と「感情が動く主人公体験」の両立を達成できることがわかります。
ところで、喪失メロディアでは、エピローグで、猫がむしろ死を望んでいることがわかります。つまり、プレイヤーは本当は猫における「敵対者」ではなく「援助者」であったのです。散々猫の過去を見てきたプレイヤーにとっては、自分自身の操作により猫を死という目的達成に導いた、すなわち猫に対する援助者体験をした、という結末は、プレイヤーになんともいえない感情、余韻を残します。それがプロローグでも語られているのですから、本当によくできています……
喪失メロディアにおける「ゲーム」と「物語」
以上のように、喪失メロディアではゲームと物語の2つの側面がラストの感情の爆発を支えていることがわかります。喪失メロディアは、物語がなくても成立するコンテンツではあるのですが、物語の存在がゲームシステムによる達成感だけでは得られない感情を引き出しています。
物語のないコンテンツに物語を足すメリットは、そこにあると考えています。
また、喪失メロディアでは、物語が攻略の邪魔にならないよう、回想という形で局所的にまとめて出るようになっていました。回想中はプレイヤーは何も操作はできません。さらに、回想が攻略の手がかりになることもありません。これにより、ゲームと物語が両方存在しても、それらを別々に集中して楽しめるシステムになっています。
さらに、回想が、仕掛けを解き明かしたときに見ることができるもの、すなわちゲームにおけるクリア報酬の役割を果たしていたこという側面もあります。
ゲームと物語を分離し、物語をゲームにおける報酬とする、というやり方は、双方の良さを引き出す大変良いシステムだと思っています。
7. ゲームルールの再構築
ここまでのまとめ
さて、一度きりのゲーム体験というテーマで、「マーダーミステリー」「砂上船」「Song of Bloom」と3つのゲームの考察をしてきましたが、それらを再度まとめます。
では、ここから、この言語化をもとに、新たなゲームのコンセプトを考えます。
改めてこのまとめを見てみましょう。
…
…
…
!!!
このまとめを見ながら考えていたら、ふと思い当たるものがありました。
日頃やっている「勉強」って上の流れとほとんど同じなのでは?
勉強との類似性
振り返ってみると、「勉強」が上のまとめの流れによく沿っていないでしょうか。学習のテーマの「存在を知り」、学ぶことで「理解する」、錐体の体積の1/3の理由が積分で解明できたときなどは、「完全に理解する」瞬間もあるかもしれません。
つまり、「勉強」を上手くゲームにできたら、一度きりのゲーム体験の本質がダイレクトに生きるコンテンツになるのではないでしょうか。
ない学問の紹介
ということで、「勉強」を「ゲーム」にすることを考えるとき、一つ先例があることを思い出しました。それが、「ない学問」です。
無い学問の教科書があったらめっちゃ面白いんじゃないかと思って作ってたら3教科もできてしまったので、せっかくなのでテストも作りました。
— shio⑅ᵕ_ᵕ̩̩ƪ (@music_shio) October 5, 2020
全部解くと謎の達成感と虚無に包まれます。 pic.twitter.com/oT2KmSy4yi
いわゆる、論理パズルと似た形式ですが、ちゃんと「勉強」でもあり、「知る瞬間」「非直感的な理解する瞬間」が用意されています。
「ない学問」をゲームにしてみる
ということで、「ない学問」を、その基本となる発想だけ借りつつ、ゲームに仕立て上げることを考えていきます。
テーマ
「ない学問」では、「見たことのない」ランダムな文字列、論理規則、言葉の定義を用いることで、「ない」を表現しました。ただ、もう少しとっつきやすくしたいので、学問として「ない」別のものを探しました。それは、
魔法
です。ファンタジーの世界で登場する「魔法」は馴染み深いですが、ファンタジーの世界でしか登場しないゆえに、学問として存在しません。通常のRPGでは魔法の習得はプレイヤーにとっては「コマンド/選択肢の増加」でしかないですが、あえてそこをちゃんと学ばないといけないようにすることで、一度きりしか体験できないゲームに変え、「理解する」喜びを生み出すことができるのではないでしょうか。
これをアイデアの種として、他のゲームを考察した上でよかったなと思ったことを反映させていきます。
「知る」と「知りたい」を継続的につくりたい
マーダーミステリーや他のゲームのように「知る」「知りたい」が常に続く環境に置くために、「魔法の学校に通っている人」を主人公にして、座学→演習を高頻度で繰り返すのがよさそうです。すなわち、ゲームの基本単位を、
- 新概念を学ぶ
- 正しく理解できているかチェックする
- 誰かと魔法で対決する・実験するなどで実践する
- 成功したら何か報酬が出る
- 対決した相手が知らない魔法を見せてくれるなど、次の「知りたい」を作る装置を入れる。
としてみます。
多彩性・能動性
マーダーミステリーには、情報を知る手段が、見る・読む・会話する・聞く・(カードを)引くなど豊富に存在します。同じように、魔法を学べる手段もたくさん用意することで、面白さを出してみます。教科書を読む、講義を聞く・見る、人と会話する、だけでなく、能動的な選択もできるよう、実験する、試しに使ってみるといった動作や、Song of Bloomにあるように、ゲーム機器の様々な動作を絡ませて手段を用意するのも面白いかもしれません。
存在は知っている、から理解するまでを長くしたい
理解する喜びが大きい、伏線回収のような理解を多く入れ面白さを出したいです。これを考えるにあたり、EEICの2年生の時間割を見てみましょう。
多くの科目がありますが、実は科目ごとに学ぶ内容は全く別ではなく、様々な科目で共通してとりあげられているテーマが数多く存在します。例えば、MOSトランジスタの話題は、ディジタル回路・電気電子計測・電子デバイス基礎に少なくとも出てきました。他にも、微分方程式、ラプラス変換、C言語など、複数の科目で出てくる話題は多く、なんらかの話題でつながる科目を結ぶと全科目がつながるのではないかと思えるほどです。
これを応用してみます。今考えている魔法の学校にも「時間割」を作ってみましょう。そして、これらの科目で学ぶ分野を意図的に少しずつ被らせます。
その後、ストーリーとして、ある授業で寝てしまった、眼鏡を忘れ文字が読めなかった、教科書が破れて抜け落ちがあった、などで理解できなかった項目が、別の科目により触れられることで理解できる、という部分を作ります。こうすることで、「存在を知る」から「理解する」までが長くできそうです。
完全に理解する
Song of Bloomのように、一度直感的な方法で理解をさせ、終わったと思い込ませたあとに、他のところでの理解により、新たな世界が見えるようにしたいです。
勉強の場合、錐体の体積のように、理解が浅いときに結果だけ前提として暗記させるということが多くあります。
魔法の勉強でもそのような場所を数多く作ることで、あとで「完全に理解する」瞬間が作れるのではないでしょうか。
他にもいろいろと考えるべきことはありますが、この記事でとりあげたゲームから吸収できる要素はこのようなところでしょうか。後半はレベルデザイン系の話がやや多くなりました。
ということで、ゲーム「爽快!魔法学理論」のコンセプトが完成しました。こちらです!!!
8. 完成した物語
物語は完成しませんでした。精進します。
9. まとめ
いかかでしたか?長い文字数を割きましたが、言語化し、面白さの種を見つけ、ゲームのコンセプトにする、という流れは大体追えたと思います。
もしこれを読んで、「ゲームを作るのは面白い」と思った方がいたら嬉しい限りです。また、東京大学の現役学生限定にはなってしまいますが、似たようなことをやる企画に、「あそびの未来ファクトリー」というイベントがあります。2022年春の分は現在参加者募集中(締切 2022/01/07)なので、宣伝をしておきます。
おまけ:ブログ記事はゲームになりえるか
さて、この記事を書きながら私はふと思いました。
”記事が長すぎる”
長すぎるのです。ただの考察が大半を占めているため、先の展開が読めないワクワクするようなものではありません。
せっかくならもっと読んでいて面白い考察記事を作りたいものです。
そのときふと思いました。もしこのブログ自体に、何らかのゲーム性を持たせることができたらどうでしょうか。
それこそ、ブログ記事を「読む」という行為は基本的は一度きりの体験なので、今まで考察してきたことをこのブログにも施すことができるかもしれません。
例えば、記事の内容を「理解したい」と思わせるような仕掛けを記事の最初に置いていたら、読む姿勢が変わるかもしれません。
例えば、途中で「存在は知っている」けれども「意味が十分理解できない」ところ、すなわち伏線を置いていたら、その意味を「知りたい」と思わせることができるかもしれません。
例えば、記事の最後に、想像の外側から殴られる体験、世界が変わる体験のような、「完全に理解する」瞬間を置くことができたら……
どうなるのかは、やってみないとわかりませんね。
ということで、メタ視点のKaDiです。
みなさん、このブログ記事にあった、様々な違和感に、気がつきましたか?
答え合わせとして、このブログ記事の内容を振り返っていきましょう。
1. はじめにで私は、「EEIC2022のKaDiです。」と名乗っていました。EEICのアドカレであるので当然ですが、しかし、2. 自己紹介ではどうだったでしょうか。所属をAnotherVision→eeicとしていたり、趣味の謎解きの話に多くを割き、そこで(謎解きをやらない人には伝わりにくい)業界用語のような言葉を説明なしに使っていたり、eeic向けの自己紹介として少し不自然ではなかったでしょうか。
3. ゲームのルールを作りたいでは、主題科目の話題から、一度きりの体験のあるゲームのコンセプトを作るというテーマに沿い、3つのゲームの考察をすると書きました。しかし、そのうちの3つ目、「Song of Bloom」というゲームの考察は存在せず、そのかわり、なぜか「喪失メロディア」というゲームについての文章が存在していたはずです。加えて、ゲームデザインをテーマとしていたのに、喪失メロディアの文章が焦点を当てていたのは、「物語」であり、前後と話の文脈が合いません。
考察対象としては同じ、4.『マーダーミステリー』の分析も、よく読むと「物語」に焦点が当たっています。
そして7. ゲームルールの再構築では、ない学問をもとにしたゲームのコンセプトを言っていましたが、その後に現れたのは、8. 完成した物語で「物語」なうえ、しかもできなかったという一文のみが現れただけです。
他にも、一人称が「私」と「僕」が混在したり、テーマカラーが赤と青の二種類あるなど、変な箇所はたくさんあったはずです。
一体、何が起きていたのでしょうか。
そういえば、砂上船の考察で、こんなことを言っていました。
ゲームにおいて、今は見えない別の側面を気づかれないように用意しておく、という方法は、様々なところに応用できると思っています。
「同じ場所に2つの側面があり、それを切り替えながら進めていく」というゲームのルールは、…(略)…ゲームの根幹のシステムとなっていることが多い印象があります。
もし、このブログというものに、別の側面が存在できるとしたら、どんな可能性が考えられるでしょうか。
例えば、「一度きりのゲームの体験をより面白くする『ルール』を作りたい」が表の記事だとしたとき、何か裏の記事が存在して、それと定期的に入れ替わっていた、とか。
答え:
このブログ記事では、偶数の章が、全く別の記事の偶数の章になっていました。
具体的には、今まで読んできた中では、
- 2. 自己紹介
- 4. 『マーダーミステリー』の分析
- 6. 『喪失メロディア』の分析
- 8. 完成した物語
の4つの章は、物語に関して分析した全く別の記事の内容だったということになります。
それをふまえて読んでみると、ここに書いたこと以外の、様々な伏線や違和感に気づけるかもしれません。よければ探してみてください。
では、メタ視点はここまでにして、最後にEEICのKaDiにお返しして記事を締めてもらいましょう。
10. おわりに
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
2021年12月15日のアドカレは、遅れながらAnotherVisionのKaDiがお送りしました*1が、AnotherVisionのアドベントカレンダーには他にもAnotherVisionのメンバーの面白い記事があるのでぜひぜひ読んでみてください!
以上、KaDiでした!メリークリスマス!よいお年を!
(※記事を最初から読み直したい人は下のボタンをクリック!)
*1:アドベンターの12/15のところには同じくAnotherVisionのメンバーであるトマトの記事が登録されています。これは一日に二人が投稿をしているためです。